2019/06/13

君のこと

君の笑顔を覚えている。
時々ふとした時に思い出す。
困ったような顔も、戸惑った顔も、どうしようもなくあがいていた顔も、それでも目をあげて自分とも世界とも闘っていた顔も。
覚えている。
それを覚えているなら、私が生きている意味はある。
君は私の中で生きている。

2019/02/25

これを読んでいるあなたへ、

あなたにこの5分間に起こったこと、この五分間のあなたの感情、あなたがこの世界から受け取ったこと、それはとても豊かな世界。

わかる?あなたの感じた違和感や感じている幸せ。


でも、それは明日になったらほとんど失われている。あなたの記憶からこぼれてゆく。

残るのは常識やルールのフィルターを通した脱け殻。


何を言おうとしているか、わかる?

この今の目の前の豊かな世界をあなたは全て持って生きてゆくことは出来ない。


だから何かを作る意味がある。せめてもの私たちの魂を保存する手段として。


こんなふうに、この今の瞬間瞬間をいとおしく思うのは私だけじゃないはず。


世界へのいとおしさを抱えて、私は何かを作る。


2019/02/10


怖いんだ、この世界が、小さな頃からずっと。

みんなどうやって生きているんだろう。とても不思議だ。

この世界は美しいけれど、でも人の世界はとても怖い。

みんなこの世界の美しさに気づいてないような振る舞いをする。怖い。

訳がわからない考えを抱えて、

訳がわからない感情を抱えて、

訳がわからない思いを抱えて、

訳がわからない私のままで、

訳がわからないまま生きていくんだ。

2019/01/23

私はどうしようもないダメな人間だと思う。
でも死んではダメだ。
それはダメ以下になること。
生きてゆくのだ。
それでも生きてゆくのだ。
どうしようもないバカ者のまま生きてゆくのだ。
迷惑をかけ居ない方がよいままに、
それでも生きてゆくのだ


2019/01/05


信念とは結局は幻想だ。

だが

私達は幻想の中で生きている。

 

ある日気づくんだろう

もうこれで十分だと

とても幸せだと

あがいた末に

たぶんそんなことが起こるんじゃないかと思う


ずっとさみしかった

ここにいてよいのだと

誰かに言って欲しかった

いつか

私が私に

ここにいてよいのだと

言える日がくるのだろうか

私はさみしい

2018/12/22

だからなんだ?私は私のままに生きてゆくしかないじゃないか。

そこに意味も価値も必要じゃない。


私がここにいたいかどうかだけ。

2018/12/21

わたしはみなさんの生き方が分かりません。幼い頃からずっと。

なので、生きてゆくには、私は私で生きてくるしかなかったのです。

そのために時々根元的な不安に陥ります。

2018/12/18

ボヘミアン・ラプソディ 空間の映画

ボヘミアン・ラプソディ を遅まきながら観た。

空間の映画だと思った。

最初の、主人公がバス停に座ってメモを書いている辺りから、不思議な違和感。カットの多さとイマジナリーラインの複雑な処理。途中で何度か出てくる鏡や窓やテレビを使った虚像でどんどん空間が複雑になってゆく。

それはいつの間にか誰かを 見ている という一方向ではなく、 それを見ている側の誰か もその空間に確実にいることが無意識に刷り込まれていく。

ラストで見てようやくその戦術の意味に気づいた。

ラストのスタジアム。何故か大きな部屋に見えた。

客席から見た舞台でも、舞台から見た客席でもない。

対等な対話の場としての会場。そこで交わされる、呼び掛けと応答。それが拡大して世界巻き込むイメージ。

あのスタンドランプの点滅だって、呼び掛けと応答だった。

ラストのコンサートシーンに向けて仕組まれていたように思う。

あの不思議なカメラ配置と編集はそのためだったのかと。

良い映画でした(^-^)





2018/12/09


そういえば、スマホが普及してから、「暇だなぁ」というセリフがなくなった。

時代が変わったな。


それでも愛そう。愛すること自体が私達が手に出来る唯一の救いだから。


2018/12/06

私達の世界はどんどんと死や生から目をそむけているような気がしてます。それは性の真実から目を背けて商品化する事や、命の清濁を感じられなくなることに現れているように思います。

そう考えると作品の方向は二つあるように思います。

商品として甘い幻想を目指すか、受け取ってもらえない贈り物としてまっすぐな事実・心の真実を目指すか。


ある人が正しいと思って言う言葉が私には怖くて仕方がない事があります。

2018/12/05

私は弱いなぁ

わたしはこんなによわい。

だから、どうしようもないまま、たたかう。

なにが自分なのかわからないまま、たたかう。

わたしという波紋。

わたしの意味は世界が決めてくれる。

わたしはただ生きる。

2018/11/27

We are alone 私達は孤独だ

この世界は私が知らない一人一人の汗と血と涙で出来ている。

だから私達にはその贈り物を受け取る義務がある。

あなたにはそれを受け取る価値がある。

いつだって私も貴方も他の人の幸せを作る栄光を選ぶことも出来る。

私達は祝福されている。


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最近、何回か二十歳の頃の私が、頭脳土方として徹夜で作っていたソフトウェアが東大に納入された話をした。

あの夜以来、私の目の前に現れる人工物には感謝するのがデフォルトです。そして何かを作ることの神聖さも(^-^)/

2018/10/14

「まどか☆マギカ」を観た

「まどか☆マギカ」を今さらながら観た。こんなに社会派な作品とは!びっくりしたぁ。

話題になってたから一度観なきゃと思って何年も。でもあのビジュアルが。ためらっていたわけです。

勉強しなきゃと、とりあえず一話30分。とんでもなくアートな作品でした。シュールレアリスム爆発してる。

徹夜してイッキ観。


一例を挙げれば、

OP含めてキャラクターが右から左にしか移動しないのに気づいた。だからEDでまどからしきシルエットが唯一右に進むのに刮目、他の止まっている少女達を追い越して、でもその先には…。うわぁ!!!でした。

心理学的には左側は過去、死の方向。右側は未来、生きる方向。

ひとは過去を思い出すとき眼球は左側を向く。未来を作るとき右側をみる。死んだ恋人オフィーリアを描いた絵はほぼすべて河を左側に流れてゆく。

EDで暗示されている希望の先にある悲劇。本編ですべてが加工の静的な死の世界に進んでゆく不安感。

そんな数々の仕掛けに満ちた作品でした。


結局このアニメは現代の私達の生き方の話だった。

現代社会へののっぴきならない告発、批判。社会派な作品。

生産効率が上がってしまえば、私達の活動はどんどんと生きるためからより良く生きるためになる。

ニートも引きこもりも出生率の低下も、実はそんな単純なこと。

生きてゆくのかのが楽になってきた時にでてくる副作用。

そんな社会の中でよりよく生きようとすれば、みんな魔法少女的な何かを目指すしかなくなる。

豊かな世界でも、みんなに喜んでもらえる人間に。

でも、

そこにはインキュベータきゆうべえのような、それを利用してアンフェアな不当な利益を得ようとする奴等も群がって来るわけで。(インキュベータって私の耳にはずっとインキュバス:男性形夢魔と聞こえて仕方なかった(^^))

この社会で良い人として生きようとする全ての人に待ち受けている悪夢の話。

(だからまどかの描いた他人に見せられない魔法少女の絵が切なくて切なくて。ちと泣きそうに。これが恥ずかしい夢になるこ文明の方が間違っているだろうと悔しくて)


どうすれば夢を餌にする悪人と戦うのかの話。

ちとアメリカンニューシネマの「ラストカーボーイ」を思い出したりしました。(とはいえ観なきゃリストに入りっぱなしで未だ観てないけれど)


この作品まどか☆マギカの中では最後はインキュベータにも勝利するのだけれど、

でも、

私にはそれは説得力なかった。

最後のまどかの方法は、現実には出来ない。

現実のインキュベータはそんなに優しくは無い。そんなに弱くは無い。

作者は絶望を隠したのかも。


しかし、私はそこに有効な手はあると思う。

フリーソフトウェアファウンデーションは上手くいった。オープンソースも、コモンセンスライセンスも、共産主義対資本主義の馬鹿馬鹿しい思想対立を見事に迂回して幸福を目指しているように思える。

「まどか☆マギカ」よありがとう。

うん、この先やってみるよ。

たぶんそう思ったのは私だけじゃない。


ヌーベルバーグもアメリカンニューシネマもその後のことども私達は覚えている。

怒りも無垢も愛もそれだけでは勝てないことも学んでいる。

実は巧幻想や仮想の価値観と巧妙に戦う方法も有ることに気づいている。





2018/09/30

カンフーパンダ3

カンフーパンダ3を観た。というかシナリオ書きながらのBGVのつもりが、引き込まれて、寝る前にちゃんと見直し。

毎度毎度シナリオが華麗だ。
カミソリのように切れているエッジの立った構成。

悪役の動機が有名になること。俺を覚えろ!って切ない動機考えつきやがって。
元々はカンフーの実力はあるけれど、スターの陰で忘れられた男。
自分が何者かをみんなに認めて欲しくて、自分が何者かを自分で決められなくて、地獄に落ちてゆく男。

自分達が何者かを忘れたパンダ村。

自分が何者かってこそが力になる。
それは運命ではない、自分自身が選択することなんだ。

観客に気づかれないほどさりげない表現でこんなことを3才~100才まで分からせるシナリオの技術。
あんなギャグまで伏線に使ってラストで落とすのかの連打。

あんな美しいシナリオ作りたいなぁ。
うーん、打ちのめされながらも、それでも自分の映画のシナリオを書く。

2018/09/29

私の幸せ

二時間の映画が一年で作れるなら、十分の映画は1ヶ月で出来るかというと、そうはいかない。

二時間だろうが10分だろうがその世界を発見して住みはじめるには同じような時間が必要だし、主要なキャラクターを知るためには、同じように深い所に降りていかなきゃいけない。

一時間の映画の撮影が1日で終わる時もあるし、2分の映画に10年掛かることもある。

この辺知らない人に見積り出されるとちと説明が大変になる。


まあ、製品だと考えて、開発時間や作品作りの世界との対決など無視して進めてゆくのもありだとは思うけれど、

それはいつか行き詰まる。

いづれにしても誰かが…何かが考えて壁を壊す必要はあるのだから。


実は楽な道はない。楽そうに見える道は、私達の社会の中でしか流通しない。

私達はむき出しのこの世界に居ることは変わらない。文明を厚くして社会の中で幾重にも守られていようとも。 


私達の仕事を嘲笑う人もいるだろう。

ささやかすぎる仕事。

でもその人のためも含めて、私達はその仕事に誇りを見いだしている。


シナリオ執筆中、ダイブ、ダイブ、ダイブ!!!

もう一度闘う勇気を!!!


ぶれること

最近どうも、心が揺れる。

芯がぶれる。

ここ数年は芯がぶれなかったなぁ。

優柔不断はいつもだけれど、それは情報を待つことが出来るってことなら、目的は全くぶれてない。

うーん、心が弱っているかも。

いやあの件は案外と先方の交渉術の可能性もあるかも。だとすると面倒な事だなぁ。