2011/01/22
竜を殺すという商売
ドアを押してみると驚いたことに鍵もかかっておらず静かに開いた。
私はようやく高い塔の部屋にたどり着いた。
先ほどの戦いの傷はまだじくじくと痛む。
ともあれあの竜には勝ったのだ。
これでようやく囚われた娘、王の血を受け継いだ姫を救い出せる。
人々との契約を果たしたのだ。
が、その部屋は静か過ぎた。
簡素な卓と椅子にも床にもうっすらと埃が積もっている。
卓に古代の文字の小さな本。
その上に元は小さな花輪だったらしいものが茶色くなっている。触れるとカサリを音を立てて崩れた。
街から遠く見える城の塔。その最上階にある姫が幽閉されている部屋の内の様子は、もとより人々の謎であり話題の一つだった。だがなぜかこういう予想を語ったものは居なかった。
それは最悪の想像につながるからだ。
そういう悪意はいかにもあの悪竜らしいからこそ、人々はその可能性に目を瞑っていたのかもしれない。おそらく街の人々はみんなこの可能性を心の底にしまっていたのだろう。
彼らは意識の上では希望を託すと信じて契約に及んだのだろうが、実際には単に確認という仕事だったのかもしれない。
一つだけまだ目にしていない場所がある。
ヴェールのかかった天蓋付き寝台に目を向ける。
その娘の名を呼ぶ。
返事はない。
剣をベールに差し込み広げる。
嫌なものを目にするかもしれない。
心を凍らせて視線をむける。
そこには竜が眠っていた。
人から悪竜と呼ばれた竜。
今しがた倒したはずの竜が人の大きさで横たわる。
頸部に与えたとどめはしかし癒え始めている。
何かがおかしい。
王の娘をさらい幽閉し、
救出に向った兵士をことごとく血にまみれさせ、
最後には王を辱めた上で街路に叩き付けた竜。
城を巣にし人の声で「この国は我が領土!」と宣言した竜。
夜な夜な退屈紛れの慰みのように男をなぶり殺しにしていた竜。
外出する者が居なくなると統治者への税として成人男子の生け贄を要求した竜。
そして古代の本と花や草木を組んだ跡。
もしや今わたしはとても嫌なものを見ているのかもしれない。
目を開けた竜が首をめぐらそうとして果たせず繊細な飾りの枕の中に落ちる。
覚悟を決めて竜の眼前に立ち王族への礼をとる。
もはや猛々しいものが落ちたその目に問う。
「そなた王の娘か?」
「…いかにも」
「ゆえを問うてもよいか?」
「きくな!…やつは おうに あたいせず」
私はのこの悪竜になり果てた娘の側に立つべきか、
それとも無垢であり続けた人々の側に立つべきか。
「よくぞ街ごと全てを焼き払わなかったな」
それは我が願望を口にしたに過ぎなかった。
「われは とうちしゃを ついだゆえ」
「…すまぬ、女王よ」
「なすべきことをなせ」
私はその黒く腐った悪竜を殺し、
その娘のために泣いた。
街へ行ったのがもっと早ければせめてもう少し早ければと今も悔いが残る。
どこまでも善良な人々はあの事件から善良な美しい物語を作りあげつつあるらしい。
姫の可憐さと無垢と優しさを称えたそれを幾度か聞いた事がある。
我が素性もずいぶん良い方に解釈されていた。
たぶん真相に気づいた者には新たなまた別の物語が必要だったのだろう。
あーまあ、なんか今日ディズニー好きな友人と話してた時に思いついたので、とりあえず形にしておきます。
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