
すっかり秋になってきました。
頭の中にいろんな事が嵐のように浮かんでは消えた今日でした。
でもメモって無かったのでほとんど忘れてしまいました。

今日は追加の撮影を街で二時間ほど。

なんだか頭の中に真っ白い平坦な風景が広がっていたような昨日でした。
そろそろ内なる欲望がうずうずと、緑の山や深い谷が出来つつあるような。
��^▽^)/

人がたくさん出る部分の撮影は終了。
あとは一日の撮影で終わります。
そして音と編集。
かなり、いい映画になりそうです。

主要撮影はあと一日。

撮影に監督かカメラで参加している時にはいつも首からぶら下げてたセコニックの露出計と被写界震度表のセット。
ビデオになってからはほとんど使って無かったけれど、今回は復活です。
今回は超音波メジャーも付けてます。が、これが使いにくい。
レーザー式距離計で安全な低出力で安いのは無いかなぁ。
カメラの撮像面から瞳もしくは睫毛の付け根までの距離を計るのにレーザーは怖い。
昔ながらの巻尺ももう数回出動してます。
数日撮影してみて、Canon7Dはきちんと被写界震度のチェックが必要なのは身に染みました。
「風姿花伝」だったか、
世阿弥が跡継ぎに誰を選ぶかという話になったとき、
「あいつは舞うとき足が能く動かせるから駄目だ」って言う話があって、
はっとした覚えがあります。
ああ、なるほど有名な「秘すれば花、秘せねば花なるべからず」はそういうことなんだと。
動きや表に出すのを抑えるところに花がある。そういう意味なのか。
と、これを書くのにぐぐったら、
同じ世阿弥の「花鏡」に
”身7分動”
なんて言葉があるそうで、
意味は
「心を十分に動かして、身を七分に動かせ」
このほうが分かりやすいなぁ。
見せない事こそポイントなのは映画も同じ。
ほかの事も…、例えばラブレターだって「好き」や「愛」って言葉を使わないで書いたほうが伝わったり。
実はその延長に映画のカットの組み合わせや衝突なんてことがあるような気がしてます。
有名な映画のクレショフの実験。
あれが示しているのは
映画での感情はそれを見る観客の意味の解釈と想像の中で生まれる幻だという事。
単純に表現が伝わるわけじゃない。
そしてその先に、
偏やつくりの組み合わせの漢字や単語の組み合わせ/衝突の俳句、短歌に映画の文法のヒントをみつけようともしてました。
日本のアニメの方向がなぜこうなったのかも、実は関係しているような気もします。
浮世絵と日本のセル画が同じ方向だってのはまあそんな気がしますし。
同じ文化の延長としてかなりありそうな。
そういや今のジャパニメーショーンブームも19世紀のジャポニズムの再来なのかも。
何が魅力かは今感じられるけれど、全体像は何十年も経って振り返らないと見えてこないかな。
そんな方向で、なにか映画のもうひとつの物指しが見えてこないかな。
以上脱線に脱線を繰り返しました今日のたわごとでした。(^▽^)/

少し寝坊しました。
早めに寝ます。
写真は撮影中に若戸さんに撮ってもらってたものから。
きっと撮影者としてはNGカットだったのかもしれないけれど、ブレが面白いなぁと。
カメラを持たないからみえてくるモノもあります。

撮影二日目。
今日のラッシュから一齣。
素晴らしい撮影でした。

撮影初日、
無事終わりました。
明日からまたがんばります。

明日からクランクインです。

今日は病院へ。
笑顔がいい人に会う。
ここ数日で疲れてたのでテスト撮影もそこそこに帰る。

カフェNyan 「HOT!」で一日撮影してきました。
記録撮影ですが、演奏などしてはる後ろ上方の大スクリーンにリアルタイムで撮影している映像を映写してはった。
良いイベントでした。
「その道に入らんと思う心こそわが身ながらの師匠なりけれ」(利休道歌)

今日は阿倍野のロクソドンタで「セニハラヲ」というお芝居を観てきました。
面白かった。
それが終わって今度は北堀江のシアターカフェNyanへ
HOT!というイベントに。交代で色んなアーティストが舞台をやるイベント。
今日はアカツキサトシ氏のマジックの舞台もあったのだ。
いつもながら楽しい舞台でした。
その前のライブペインティングも楽しかったし、
その後のROPEMANというユニットの二人芝居というかPCパフォーマンスというか演芸というか、強烈に面白かったです。ひーひー笑いがあちこちで。
豪華な舞台でした。
明日は7時からうちの港館の吉田監督「殻破りの儀式」と去年作った「Magick」の上映があります。今日観た感じだと身が引き締まります。
明日は記録撮影も頼まれているので一日います。
それが終わってアカツキ氏と映画撮影の打ち合わせ。
帰ってきてちとふらふらです。
おやすみなさい。
写真は名刺作ったらおまけに付いてきたオリジナルTシャツ。(^▽^)

Canon7Dでの動画撮影に向けて映画撮影用の被写界深度表作ってみました。
自作の深度表なんで何かが間違っている可能性があります。何かあっても責任とれませんので、使用される時は自己責任でどうぞ。
キャノンの7Dというか最近のデジタル一眼のレンズには被写界深度の表示がない。
ピクセル数が設定で変えられるのでピント合うかどうかの錯乱円のサイズも違う。で被写界深度も変わる。だからもう深度表示なし。
でも動画撮影だとフルハイビジョンでピクセル数決まるし、7Dのアパーチュアサイズはほとんど35mm映画と変わらないから、35mm映画での許容錯乱円のサイズ0.05mmってのがそのまま使えるんじゃなかろうか。
まあ撮影時のフォーカスが合っている範囲の目安にはなるかも。
とりあえず被写界深度の計算式と許容錯乱円直径0.05mmをGoogleドキュメントの表計算シートに入れて、深度表作ってみました。
こんな感じ。
35mm映画撮影用被写界深度表
まあ本当はハイビジョンのピクセル数と7Dの撮像素子サイズからちゃんとピントが合っているとみなす許容錯乱円のサイズを検討した方がいいんだろうけれど、
まあそれはまた今度。

今日はどたばた。
なんだかいろいろ走っていったような日でした。

どうもまだぼぉっとしてます。
いろいろ時間がかかるな。
なんか
画をいじる時は言葉が出なくなるし。
言葉を使うときは画をいじれなくなる。
撮影を担当していると無口になってパラメータの数値のみで会話してたり。
どうもマルチタスクな人じゃないみたいです。
シングルタスクかつモード切替方式のような私の頭脳。
色んな人から「切り替えが早くなるといいね」と子供の頃から今でも言われます。
台風のように天気がいきなり変わるのもいいなぁ。

少し頭痛がしてます。
夏バテっぽいです。
早く寝ます。
今日、撮影用の広角レンズが届きました。

ちょっと意味不明な事をつぶやきます。
謎だらけの世界に取り囲まれ、原因と結果が見えなくなる。
いろんな思惑が重なりあって、幻想の持つ機能が効力をなくす。
一人の人が持つ世界は図書館一つ分でも著しきれない。
未だ人口の人格を作る方法、ヒト1人分の情報を処理する方法は見つかっていない。
1人の人間の深さ。
街へ出ると、
そういう人々が1人10人100人1000人10000人と同じ視界に入ってくる。
世界は巨大だ。
その畏れは気力で乗りきるしかないのかなぁ。
ちょっとそんな気分の日曜でした。

「映画侠区」というシネクラブの非公開な上映にお邪魔しました。
珍しい映画を観る。
映画監督の伊藤大輔についてのドキュメンタリーや自主制作映画などなど。
目利きな選択で選ばれた映画たち。面白かった。
スクリーンで映画を観るのはやっぱりいいなぁ。
次回作の撮影で頭が一杯になってる状態だけれど、スクリーンを眺めているうちにいくつか出口が見え始める。
…うむ…業が深いです(^▽^)/

今日はちょっと疲れました。
早く寝ます。
おやすみなさい。

昨夜の明け方、夢を見ました。
懐かしい人がとつぜん訪ねてきた。
一日他愛もない事をして過ごしました。
その夢から覚めかけたとき、ふと思う、
夢の中でわざわざ訪ねてくるなんてあの人も律儀だよなぁと。
ともう一人の私が
「それは身勝手な見かただよ。きっとあの人は遊びに来たい気分だったんだよ」
…ああ、そうか。
そうだよなぁ。
そうだったら、もっと、なにか出来なかったかなぁ。ちょっとでも楽に過ごせるように何かを。
そんなことを考えながら目覚めました。
そういう夢の中の出来事です。