2010/03/19

東京都条例の「非実在青少年」規制問題




ここ数日ニュースで良く見かける東京都条例の「非実在青少年」規制。


今回のは通らなくてよかったと思う。





条例反対側のまとめ


「非実在青少年」問題とは何なのか、そしてどこがどのように問題なのか?まとめ - GIGAZINE





条例賛成側


第28期東京都青少年問題協議会・議事録(PDF)


青少年健全育成条例改正案の成立に関する緊急要望書を提出 | 社団法人 東京都小学校PTA協議会





賛否両論


「非実在青少年」問題――ネットで広まる“反対”と“賛成”の意見 - はてなブックマークニュース





東京都青少年保護条例改正案全文


番外その22:東京都青少年保護条例改正案全文の転載: 無名の一知財政策ウォッチャーの独言





内容の検証は色々されてる。





最初に、


私は実際の子供にSEXをやらせた作品や風俗なんて絶対反対。ただしここでの子供ってのは14~16才ぐらいまでだろうと思うし、現行法の女性の結婚出来る年齢が16才からってのにも反対してない。


性的表現や暴力表現のある作品も鑑賞できる環境は必要だと思うが、自分の趣味じゃない性的表現や暴力表現を観たくない人のためのゾーニングも必要だと思ってます。


ただし、未成年であっても性的/暴力的表現が含まれる作品に接する権利はあると思ってます。行使するかどうかは本人とその子に関わるその時々保育者達それぞれの判断でケースバイケースだと思ってます。





今回の改正案は手で描いたものやコンピューターで作ったものも規制対象にしようって事で、撮影/録音時に児童が一人も存在しないものも規制対象なんだそうで。


まあ、ゾーニングの為なら基準と規制方法しだいでは仕方無いかと思いますが、今回のはその基準がかなりあやふやなままで未成年に絶対見せないって事で、これでは逆に人権を侵害するのではと。





第七条二に、規制すべき非実在青少年の定義と行為の表現が書いてあるのだけれど、これをまとめると


「未成年と思える架空の人物が性的に悪い感じのする行為をしている」としか言いようが無い。じつは認識や判断する主語や具体的基準が見えない。誰がどういう基準で判断するのかは規定されてない。これじゃ「悪いことをした人は悪人って表示します」って書いといて、その”悪い事”の具体的内容はは随時担当者が判断しますって事じゃないか。そんなんで悪人お断りとかされた日にゃ、担当者の権力をコントロール出来ないんじゃないかな。





昔、東京国際映画祭に呼んだ「美しき諍い女」って映画。


ヘアが写ってるんでボカシ入れて上映しますってやって、それに監督が激怒して作品引っ込めた事件があった。


内容は老画家が裸婦像を描く情熱を淡々と描いた傑作。全裸のモデルを前に静かな孤独な創作の戦いを繰り広げるのがメインの映画。カンヌ国際映画祭で審査員特別グランプリとってたな。


そのモデルのヘアが写ってるんで画面にボカシ入れますって、そりゃ映画作った方にしたらたまらんわなぁ。一体おまえらはこの映画の主人公が格闘しているものを何だと思ってるんだと。


で国際的大問題になって、それからなし崩し的にへアが写っていてもOKになった。


あれが日本映画だったらダメの一点張りだったかも。


で最初は芸術作品限定って言ってたのが、何が芸術で何が芸術じゃないかなんて誰にも納得出来る判断が出来ないんでイケイケどんどん。しばらくしたら週刊誌ヌード写真もAVでもオッケーになってたなぁ。


恐怖の担当者の胸三寸。





今回の第二条も後から拡大/縮小は担当者の胸三寸。でその担当者に対する基準も規制も無い。


そりゃ規制される方からみたら恐い条例。





さらに言えばその胸三寸で、


観ることが出来る作品を規制されてしまう子供の不幸。





未成年者が源氏物語を読んでいいかどうか、マルキドサドの著作を読んでいいかどうか、ジブリアニメを観ることが出来るかどうか、「風と木の詩」は、永井豪の「デビルマン」は、日野日出志は、12才で王子様と結婚する設定の白雪姫は、不思議の国のアリスは、その作者がアリスのモデルの女の子を撮影した半裸写真を観ていいかどうかは、誰がどう決めるんだろう。





そして人生の中でも感受性の高い時期な若い人々に、それらを味わうことを禁止する事、


それで次世代へ伝わるのを制限する事の権利と能力は誰にあるのだろう。





そこは歴史で学んだ「退廃芸術」論や「何々主義芸術」論と同じじゃないか。誰のどういう価値観?それを社会全体に当てはめてしまって大丈夫なのか?長い目でみて信条思考思想の自由を放棄する対価に見合うほど人を幸せにするのか?


ずっとそういう問題をくり返してきた。だからどうしてもまたも詭弁なのではと疑ってしまう部分が残る。


今回のも今までの「退廃芸術」や「帝国主義/共産主義的作品」や「赤狩り」や「軍靴の音が」とラベルや物差しやお題目や錦の御旗のみが変わっているだけで構造は同じではないのかと。





少なくとも、


大切なものを制限するならそれを判断する基準と判断する能力そしてそれを行う権限の裏付けと範囲を制限を、受ける側みんながきちんと合意しなきゃいけないんだと思う。





あと、


私が引っかかったのは、第七条の一。実はこの部分は現行の条例にも含まれているらしい。





��略)当該図書類又は映画等を青少年に販売し、頒布し、若しくは貸し付け、又は観覧させないように努めなければならない。


一 青少年に対し、性的感情を刺激し、残虐性を助長し、又は自殺若しくは犯罪を誘発し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの





「青少年に対し、性的感情を刺激」ってのが健全な成長を阻害するおそれがあるものなのか。


青少年が性的感情を持つのは望ましくないって事?


人の健全な成長には性的感情の発育は含まれないのか?





うーん、これの言いたいことは「性的感情を”悪く”刺激し」かもしれない。


そうだとしても異議があるけれど、まあそれはまだ教育内容の意見の相違って事かもしれない。


でもここに書かれたのは性的感情を刺激ってだけ。これでは性的感情の全ての意味になる。





これが何かのエッセイで筆が滑ったってのなら、書き手の無意識と片手落ちを笑って済ませてればいいけれど、


これは論理的考察と推敲を重ねた条文。そのために読みづらくなろうとも社会の構成員に対して是々非々をはっきり規定する事が目的の条文。





「青少年に対し、性的感情を刺激させないようにする」





そこでこれでよしとしてしまう思考は恐い。


本当に子供の健全な成長を願っているのか?


人の健全な成長のためには性的感情を刺激される事も必要だろうに。





恋物語に心奪われたり、性的なシーンやお話に接したりして、性的なものに憧れたり、嫌悪したり、楽しんだり、恐怖したり、悲しんだり、嬉しさを感じたり、怒ったり、ドキドキしたり、暗い感情を味わったり、喜びを感じたり、そういう事が不可欠じゃなかろうか。


そういう事を繰り返しながら自分の中の性的なものを上手く受け入れてコントロール出来るようになってゆく。


まあ親としては中でも危険なものにはいきなり実体験ではなく創造物で疑似体験を重ねて免疫レベルを上げといて欲しいのだけれど。出来る限り。(^_^;)





健全な成長って


大人にとって扱いやすい人間を作る事じゃない。


その子供が自分なりに幸福を追求出来る力を付けさせる事じゃないのか。





いったいこの「人を人とも思わない」文意は何処から来たのだろう。








でね、その後の、「残虐性を助長し、又は自殺若しくは犯罪を誘発し」ってのも実はそれを防止するためには助長/誘発する事も必要なのじゃないかなと。


人の足を蹴って倒すのは暴力だよね。ではその方法を教える柔道は暴力を助長するのが目的なのか。違うよね。少なくとも今柔道を習っている人が目指すのは暴力を管理する事。特に自分の中の暴力を。


残虐性や自殺、犯罪も自分の中にあるそういう方向性に向き合う事が必要なんで、自分の中で発見しなきゃ話は始まらない。自分はそういう事はやらないと単に信じ込んでるだけじゃ危なくてしょうがない。


その向き合う作業では一時的には助長/誘発する事も必要になる。





子供の頃よくやったドッジボールって上手く出来てると思う。


人にぶつける為にボールを投げるスポーツ。


当たると痛い。人にボールを投げつけるは自分の中の残虐性を出さなきゃいけない。


その残虐性を管理して上手く昇華させてやれば、敵チームになった子ともまた遊べる。


逆に残虐性を暴走させて顔狙ったり、殴り合いしたりしたら楽しくなくなってしまう。


自分の残虐性すら楽しむ事で管理出来るようになってくる。


確かに幼児のうちから(怪我しないような工夫はして)やっといた方がいいスポーツだと思う。





自殺を防止するには自分の心の昏いところを見つめる作業が必要になる。


犯罪を防止するにはなぜしてはいけないのか自分で問わなきゃいけない。





それってそのなんだ修行途中とか、今回ので言えば読書中や観賞中だけみたら助長/誘発と変わらない。


最終目標がちがう、目的が違う、じゃあその目標、目的が何なのか誰がどう判断するの。





ドッジボールは残虐性を助長する?コントロール力を付ける?危険?安全?


例えば仮面ライダーは残虐性を助長する?正義感を育てる?





誰がどうやって判断するの?


作品次第なの?作り手の動機次第なの?受け取る側の問題のみなの?その時々の周囲の状況はどうだろう。





それは本人と回りの大人が状況や子供や人それぞれに毎回個別に一つ一つ判断してゆくしか無いじゃない。


間違えたら、毎回その間違いを一緒に考えるしかないじゃないか。


全部に当てはまる正解なんてものがどこかにあるはずも無いんだから。





で、もし条例にするんなら、みんなに当てはまる、これはダメだ止めろっていう、皆が納得いく具体的判断基準を示して誤解の無いように条例に書けばいい。





具体的に書かないで担当者に判断を押し付けるのは危険な無責任だと思う。









売_春 って楽天のNGワードなのね。サド侯爵の方かと思って延々悩んだじゃないか。


反対/賛成に関わらずそれについて語ることが出来ない仕組み(>_<;)






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